今年の公開お花見会、4月17日に決まりました。

2011/02/17

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奥山・登尾峠の公開お花見会は2009年から始まりました。それまでの16年間、植樹・育樹でお世話になった地域の皆様へのお礼を込めて始まったお花見会です。
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 2回目の去年2010年には広く宣伝に力を入れた結果、180名の人が奥山にのぼり、春の山のサクラを楽しまれました。初めて参加費を集め軽食を準備し、いろいろおもてなしの勉強をさせていただきました。地域の山に人々が集い、交流する場所を準備することは大変だけど本当に楽しいこと。

奥山の春は早春から5月まで、長く続きます。種々のサクラがあちこちに府道の脇に林道の横に、自生に近い状態で山の春を彩ります。共有山奥山にサクラの名所づくり真っ最中なのです。

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特別に日を決めてお花見会をしなくても・・・自由に行ってもらえば? と力不足の主催者の弱音でしたが、年が明けて2011年を迎えると、とたんに気持が新たになりました。サクラのテーマは「生きること」、美・平和・豊かさ、ってその通りだと思います。(80歳の小川和佑さんの言葉)

ということで、今年もやっぱり手作りのお花見会を開きます。第3回奥山・登尾峠の公開お花見会。どうぞ、綾部市からも福知山市からも舞鶴市からもどちらからでも、お誘いあわせでおいでください。

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お花見会の時間は午前10時~12時半の予定 集合場所は奥山二俣口 参加費はまだ未定です


峠はまねく…奥山・登尾峠への招待

2011/02/16

登尾峠とは綾部市内久井町の府道490号の突き当り、「奥山」を舞鶴市城屋へ歩いて越える山の道のことです。

向こうへ下りるところに文政3(1820年)と刻まれた自然石の道しるべが現存しています。これを目にすると、ここが古くから人々の往来した国境の峠道であることが実感されます。

今、この峠道は山肌の急斜面をジグザグに30分足らずで登りきることができますが、長年放置されたためか上り口からところどころ崩れかけています。昔の人ならもうちょっと通行しやすいように考えたのじゃあないかと思いますが、峠の復活は今人々が歩くことによって実現するのだと思うので、しばらくこのままでスリルを味わえばいいと思います。私たちは奥山で事故が起きないように、いつも奥山の神に祈って気をつけておりますが、登る人の自己責任とはそういうことではないでしょうか。

この写真は昨年11月7日に「志賀郷の九つの峠を歩いて調べる会」7名で登尾峠の「蛇が池」を探索したときの上り口の様子です。

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志賀郷に桜を育てる会の活動の中心は、共有山である「奥山」に美しい自然景観を作り、人々の憩いと交流の場所を作り上げることにあります。登尾峠の道しるべの保全も、同じ志を持つみんなで実行していきたいと思います。奥山の雪が解けて、サクラの咲く春になったら、登尾峠の道しるべに会いに行きませんか。

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阿須々伎神社の茗荷祭

2011/02/05

http://www.youtube.com/watch?v=DhciMRnzycQ2月3日今年の節分は快晴。金河内町の阿須々伎神社で600年つづいてきたとされる行事「茗荷さん」は、稲作に関する神事です。境内の清水の湧くお宝田に神官が入り、茗荷を3本刈り上げます。

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その姿、形でその年の稲作の作柄、豊凶を占い、神のお告げを求めるのです。kariage.JPG

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室町時代に形を成し、現代まで延々続いてきたといわれる伝統行事で、志賀郷の七不思議の第一番目に挙げられます。(二番目は篠田神社の筍祭です。同じようにタケノコ(しのたけ)を刈り上げてお米の出来具合を神前にお伺いを立てます。これは2月4日立春の行事です。)

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新設されたスタンプ台DSCF0313.JPGDSCF0312.JPG

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今年のサクラはもう始まっています。

2011/02/02

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「私達のサクラの場所は登尾峠の奥山」と言っても、地域住民以外にはどの場所のことかわからない。

春になってお花見の宣伝をしても、場所の説明をしているうちに時期が過ぎてしまう。

それで考えたのがこのパネルです。

志賀郷に桜を育てる会の梅原会長DSCF0274.JPG

サクラは種類が豊富、その土地にみあったいろんなサクラが育っており、満開の時期もいろいろである。最も早いお花見は沖縄県本部町(もとぶちょう)の八重岳のカンヒザクラ、青森・北海道ではそれぞれ5,6月です。

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そして、綾部・志賀郷の「奥山のサクラ」は、綾部のほかの場所よりも遅く、たとえば「山家城址公園のお花見」の後に続きます。サクラの種類もいろいろあります。どうぞ、おいでください。

と、これから3月まで宣伝を続けるつもりです。よろしくおねがいします。

京都府中丹広域振興局のパートナーシップセンターの会員になっていますので、展示場所をいくつか確保できました。大勢の市民が通る場所ではないけれど、ありがたく思います。綾部では川糸町の府のロビーと駅裏の市民ホールに掲示してあります。おついでの時に見てくだされば幸です。

福知山市では広小路通りの「まちかどラボ」に掲示させて頂きました。


奥山古木・三大キャラクター

2011/01/29

DSCF9559.JPG青い鮫 黄色い竜 茶色い鰐  まるで戯曲「黒蜥蜴」の登場キャラクターのような名前ですが、実物です。

この三匹、みんなふるさとは奥山の尾根の古木、作者は桜を育てる会副会長の相根良一氏。

昨年の夏、京都高島屋エコ百選に三土市の一員としてデビュー、その後展示会のたびに交代で出てくれています。引っ込み思案なので、三匹そろって写真を撮ることがありません。これはないしょの写真です。

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志賀郷に桜を育てる会in三土市

2011/01/27

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昨年の4月から始まった志賀郷手作り三土市の熱気に誘われて、
桜を育てる会でもブースを出して活動の宣伝をするようになりました。
8月からすでに6回を数え、楽しく交流し、いろいろ学んでいますhttp://shigasato.com/blog/2011/01/entry-271.php


由良川市民講座に今年度も参加しました

2011/01/27

2010年12月4日福知山で開催された第2回由良川市民講座に、志賀郷に桜を育てる会より梅原諭会長と広沢直子が参加しました。11月の奥山の育樹祭の様子を中心に、多くの写真も展示しました。
 中丹広域振興局の西村部長に、奥山のぬた場の尾根のことをお話しすることができました。「ぬた場ってぬかるんでいるところかなと思っていたが」といわれて、眺望のよい尾根である事を説明いたしました。


秋の奥山・サクラ育樹祭の人々

2010/11/30

 11月21日(日)33名の人々が快晴の奥山・登尾峠・ぬた場の尾根に登り、サクラの苗の生育を確かめながら、汗を流しました。http://shigasato.com/blog/2010/11/entry-264.php

グンゼボランティアの6名はヒマラヤザクラの苗の草刈りをされました。ヒマラヤザクラはネパール原産の貴重な品種で、日本のサクラの原種といわれています。

比較的温暖な場所で育っているらしく、ここ奥山のような自然環境の中で、育つかどうか未知数です。2008年に記念樹としてグンゼ・グリーン提供の5本の苗でスタートしました。補植をしつつ現在4本が奥山の土に取り付いて生育しています。

立命館大学ボランティアセンターからは8名の学生が参加されました。この日奥山での作業のあと午後には志賀の七不思議のひとつ、阿須々伎神社を私達が案内しました。神社参道わきの「夜嵐の大石」も見て、志賀の夜嵐伝説に触れました。

そのあとは、27年前に志賀小学校の6年生が縄文土器の破片を採集した西方川の出土現場に案内し、最後は全校生徒54名が通う志賀小学校の概況について説明し、校門横に当時作られた教材用の「岩石園」も案内しました。

奥山のサクラ育樹の作業・奥山での昼食を楽しんだあと、このような「地域案内プログラム」を体験してもらうことは、学生さんだけでなく一般の参加者にも歓迎されるのではないでしょうか。奥山・登尾峠の風光と豊かな伝説そして現在の村人の生活と夢を大きな花束のようにひとまとめにして、ボランティアの来訪者に贈りたいと空想します。      


秋の育樹祭<奥山・ぬた場・登尾峠>へ参加者募集!

2010/11/09

奥山・ぬた場・登尾峠恒例の秋の育樹祭、参加者を募集中です。

丹波・丹後の国境の山に上って

サクラの木の手入れをしませんか(1年生~17年生)     

 他のどこにもないサクラの風景をつくります。品種は原種とりまぜ、さまざまです。 

                    主催:志賀郷に桜を育てる会

                    協賛:志賀郷地区自治会連合会・ 志賀郷公民館産業部

 

  2010年秋の育樹祭・ボランティア募集

        *     

1、日時:11月21日(日)午前9時~12時半

    内久井町奥山の二俣口に9時に集合してください。

      (あやバス志賀南北線・内久井町下車、奥へ一キロの地点です。)

2、育樹作業

 ○今までに植えたサクラの木の手入れや下草刈り、施肥です

 ○手ガマ、腰ノコ、剪定ばさみ等あるものを適当にご持参ください

   *草刈り機を持参いただける方は事前にご連絡をお願いします

3、参加費: おにぎり代・保険代として一人300を当日徴収します。

        松茸とイノシシのお味噌汁が付きます! 

4、参加申し込み:

 ご氏名、連絡先を添えて18日までに下記のいずれかへお申込みください       

 ○志賀郷公民館内 志賀郷に桜を育てる会

        ℡(0773)49-0201  Fax(0773)49-0697

 ○役員連絡(広沢) (0773)49-0331 Fax(0773)49-1019 

 ○e-mail: naoko.the.second@zeus.eonet.ne.jp 

 ○桜を育てる会・公民館の役員まで直接お申し込みいただいても結構です。


雨天の場合もご集合下さい。日程を変更して、七不思議その他志賀郷の

 おもしろい宝物についてご案内します。立命館大学のボランティアを含め

 参加者による交流会も予定しています。   

遠方からでも、おひとりでもおいでください。宿泊はご紹介します。 (おわり)                 


志賀の七不思議NO.6とNO.7 しずく松とゆるぎ松

2010/10/31

 七つの不思議に数を合わせるために、最後に二本の不思議な松の物語をくっつけたといわれていますが、そのころの権力に近い力を持った人物の、いわば地域おこしへの願望のあかしのようにも思われます。(これは私の主観)

そして、しずく松の皮が今でも志賀郷公民館の2階にガラスケースに収めてあります。皮の厚みは十二センチ、推定した幹周りは約十メートルの巨木らしい。どうやって運搬したのであろうか。

明智光秀が福知山上を築く時、このしずく松を捜し当て、切り倒そうとしたが、切った木屑が夜の間に集まってもとの姿になっているので切り倒すことができない。やむなく一片ごとに火中に投げ入れようやく大幹を切り倒すことができた、とは不思議な伝説と思いきや、

「明治の初め福知山城を解体したとき、この棟木を志賀郷村へ返そうという話が持ち上がったが置く場所がないと言う理由で断ったといいます。今になれば惜しいことをしたものです。」と平成15年公民館発行の「七不思議伝説と志賀の里」冊子に書いてあるので、なるほど伝説というものはこのような姿をしているものかと、納得しました。

DSCF7920.JPGこの写真は明治の学生諸君よりはやく、今年4月初旬に、私の沖縄のいとこたちを案内して七不思議めぐりをしたときのものです。

 「明智光秀、丹波をひろめ、ひろめ丹波の福知山」と福知山音頭にうたう丹波攻めよりずっと前から、しずく松、ゆるぎ松は五社の不思議とともに縁起に記載されていて、

「毎年正月6日、午前10時になると松のしずくが雨のように落ちその年の日照り、水害をうらなった。又、しずく松と向かい合ったもう一本のゆるぎ松は、正月の7日の日の出から日中にかけて都によいことがあれば上の方の葉が揺らぎ、悪いことがあれば下の方の葉がゆらいだ、

このことは一般の里人には知らされず、宮廷にだけ奏上された、向田の里に善と悪とがあるときにも同じようにゆれたが、凡人にはそれがわからなかった」とあります。

(この辺は少し肩がこるようないかにも上からこしらえた理屈が見られますね。熱心に作ったと思いますけれど。)

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