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連続自由講座2012年その2  「十三墓」と「みたち池」と「三坂峠」

2013/02/04

2012年9月24日 志賀郷歴史の会、福知山明智光秀公研究会合同で、戦国~天正の歴史舞台を訪ねました。

20120924_132005.jpg ここは史跡「十三墓」です。

 綾部市西坂町笹ヶ鼻(小字鴻巣山麓)       

元亀二年(1571)物部の上原氏が黒井城主赤井直正に攻められ落城  。お城の見えるこの場所で家臣13名が自刃したと伝わる。(昭和30年物部村誌)

 昭和58年に供養塔が建てられたが、現在藤本畜産の敷地内にあるため許可を得なければ見学できません。 現場責任者のご好意で草刈などお世話になりましたが、キイロスズメバチの巣が活動中でこの日は近付ませんでした。

http://fv-ayabe.jp/shiga/2013/03/09/%e3%80%8c%e5%8d%81%e4%b8%89%e5%a2%93%e3%80%8d%e5%86%8d%e8%a8%aa%e3%80%80%ef%bc%88%e7%89%a9%e9%83%a8%e3%83%bb%e4%b8%8a%e5%8e%9f%e6%b0%8f%e8%90%bd%e5%9f%8e%e3%81%ae%e5%8f%b2%e8%b7%a1%ef%bc%89/

           

   20120730_053615.jpg ここが綾部市鍛治屋町「みたち池」、「昔お姫様が三坂峠を越えて逃げてきたが追手に討たれて、その時に使われた血刀を洗った池」 「身を断つ、身を絶つ、あるいは御太刀」と、地元では二説ある、と古くからの村の住民が話されました。「三坂峠」へ続く、集落の路傍にある小さな水面。古くからの水源としてコンクリートで保護されている。

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普門院の裏山続き。石段を上がると稲荷神社が祀られています。「昔は飲み水として汲みに行った」「池の石が赤くてこわかった」と子供時代のお話。

「みたち池」の故事は<佐賀村誌>1995年に詳しい。永禄二(1559年)戦国時代の物部と報恩寺の城主たちの裏切りの物語に巻き込まれて自らも行き場を失った「奥方」のゾッとするような悲劇とおもわれる。

このあと、みたち池脇の道をたどり民家の横から福知山市報恩寺へ、山越えの「三坂峠」へ登りました。一時間足らずで「三坂女臈の碑」のある頂上に着いた。「明和六正月二十三日南無妙法蓮華経」の石碑は1769年片岡氏が供養のために建てたとの文言を記す。20120911_045406.jpg

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