岳峠の道は「失われています」と2回目の探索会で断念

6月27日、市原谷朝8時半、集合したのは「志賀郷の九つの峠を歩いて調べる会」の最強メンバー6名。記念写真を撮ってからすぐ出発されました。

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向こうに見える山が「岳」です。岳山の上は平地になっていていろいろ見るべきものがあるので、これから「岳平」と呼ぶことにしようと、出発の時は、岳平(だけだいら)をめざして期待がふくらんでいました。

見送ってから、上り口へ無事下りてこられるまで5時間余、途中雨にも打たれ汗とともにびっしょり。本当にお疲れ様の探索会でした。

結果は「峠の道は分らなくなっている。天狗岩らしいものは、あれだと思うけど、道は残っていない。もう無理や」と。ほんとにご苦労様でした。

市原谷の芦田さんたちが登らなくなってからでも多分50年ぐらいは経っています。志賀郷側の坊口の村上まさのさんが、この峠を歩いて越えて、坊口にお嫁にこられてから65年ぐらい経っています。峠は崩れても、人々はお元気でそれぞれ昔話をしていただけることが、希望です。DSCF1631.JPGDSCF1631.JPG

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市原谷公会堂横のお家のかどから登る峠が有名な「市原峠」です。この峠は地図にも載っているし、志賀郷地区の西方町奥から市原へ通じる古道です。幻の「岳峠」が消えてしまった今、伝統の「市原峠」をしっかりつかまえなければ、これもまた幻になりはしないかと、急に気がかりです。「市原峠」は「餅食い峠」として京都新聞社昭和51年発行の丹波・丹後の昔話に語られています。DSCF1627.JPG

 

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