古老、桜を伐る・・ヤマザクラ救急作戦(5月18日)

2016/05/23

DSCF8562.JPG福ノ畑のヤマザクラの、大きい方の幹が縦に裂けて、もう片方に寄りかかっている。このままではいづれ共倒れになるかもと痛々しい。内久井町の女性たちが夫婦ザクラと名付けた古いサクラです。今のうちに救急措置をすればなんとか助かるだろうと、去る17日にアドバイスがありました。奥山の古老たちもサクラの苦しさを見て、決心されました。

「桜伐る」決心。高く伸びた枝を伐りながら、進む大仕事でした。 DSCF8566.JPGDSCF8577.JPGDSCF8576.JPGDSCF8581.JPG     DSCF8589.JPG

DSCF8584.JPGたまたま通りがかったカメラの彼が手伝ってくれました。

谷側のこの一本のヤマザクラの枝も今までに何度も雪折れしたのです。

支柱をしたいです。

 

 

頼もしい奥山の古老です。DSCF8599.JPG

 

 

 

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16日の奥山でサクラも待っていましたが17日当日は一転して悪天候のためウォーキングは中止となりました。

2016/04/17

DSCF8468.JPG16日福ノ畑のヤマザクラと思川

DSCF8417.JPG二俣口の御衣黄(ギョイコウ)

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DSCF8465.JPGDSCF8464.JPG  福ノ畑DSCF8469.JPGDSCF8470.JPGDSCF8479.JPG

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17日のウォーキング当日配る予定だった奥山府道の沿線マップ

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奥山ヤマザクラ・ウォーキング開催します。

2016/04/13

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志賀郷公民館に掲示したポスター

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JA何北支店に掲示したポスター


阿須々伎神社に復活した世阿弥作「難波」の能舞 (2015年10月) 

2016/03/30

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昨年秋10月11日、阿須須伎神社の秋祭りで舞堂で演じられた「能舞・難波」の舞台のことを紹介します。

阿須須伎神社に集う4町区の住民が結束して2年前に保存会を結成、古老の指導の下に人材を養成、地域が一丸となって努力、実に24年ぶりに復活を果たした記念の舞台です。

演目は世阿弥作「難波」。人々の渾身の演技によって、能が身近なものとして感じられました。舞台は大和朝廷の拡張期、難波(今の大阪)に宮殿を持っていた仁徳天皇についての故事を、百済の人「王仁」わに と伝説の「木の花佐久夜姫」このはなさくやひめ が現れて舞い謡うというおめでたい内容でP1020588.JPGす。

演じるのは坊口町の人々です。

長くない15分ぐらいの仕舞でした。P1020584.JPG

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この日、舞台中央主役シテの前に置かれた台の上に、さりげなく能面2面が安置されていました。これは坊口町に保存されている5面のうちの翁と女面で、「翁面は南北朝時代のもので、能より一段と古い猿楽が行われていたらしい。」と綾部市の図録にあります。

こんなに長い年月を保管継承してこられた坊口町の人々の力に感服しました。能舞が次に奉納されるのは4年目です。4町区が輪番で多彩な芸能を奉納されるからで、各町区とも継承に力を尽くされています。  金河内町、内久井町、仁和町そして坊口町です。

阿須々伎神社の祭礼芸能は府登録無形民俗文化財で、狂言、太刀振りなどがこども達によって演じられます。

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明智光秀伝承、綾部市(何鹿郡)を歩く

2016/03/11

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丹波福知山・明智光秀公研究会はじめ福知山史談会、観光協会による初めての試みです。

私たちの町綾部にも、いにしえの明智光秀の物語を語り伝えた人々がいます。

その物語に耳を傾けて、秘められたメッセージをつかみ取りましょう。

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まいづる探索隊と七不思議の茗荷さんのこと

2015/12/27

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まいづる探索隊41名の皆さんが遠路綾部市志賀郷まで七不思議めぐりに来訪されました。

日程は、2015年9月18日(金)午前10時~午後3時

午前中は諏訪神社~若宮神社~酒蔵~夜嵐墓碑を歩いて巡る4,2キロのウォーキングコース。 午後は乗用車10台に分乗して阿須須伎神社~藤波神社~篠田神社 そのまま舞鶴方面ヘ帰途につかれました。

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探索隊のホームページには沢山の写真が載せられて、当日の様子が分かります。(ガイドをした私たちの方はカメラのスタッフが少なくて諏訪神社と阿須須伎神社で数枚撮っただけです。上のものがその1枚、阿須須伎神社の茗荷田を見ている場面です。)

「2月の厳冬、雪の中から茗荷が芽を出してその年の稲作の吉凶を占います、不思議なことに茗荷が上がらなかったことは何百年の間一度もありません。」とガイドが声を大にして説明する。

この時熱心に聞いていた一行の中から質問が上がりました。「この茗荷は枯れないのですか?」 ガイドが答えて「枯れません!」

しかしその後、ガイドをした梅原会長がやって来て「正解は枯れるんや、済まんが舞鶴の方へ訂正しといてくれへんか。」

確かに、自宅のカキの木の下に夏の間しげっていた茗荷は秋になると黄色くなって笹が倒れるように倒れてしまいます。これを見て、「枯れる」と訂正したくなったわけ。

でも、本当は阿須須伎神社の茗荷田を一年間ずっと観察しなければ、ほんとの正解を出せないのではないかと、今頃気づいています。そのきっかけは次の写真です。

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11月30日に、ほんとに枯れているかどうか確かめに行ったら回りの柵が取り払われていて驚いた。老朽化したので新調することになったのです。

茗荷田の中は毎年こんなふうにきれいに掃除しているのかしら?と初めて見る光景に疑問が湧きました。左側の田、石組みの上に小さな祠を祀っていた周りには何か青々とした植物が生えています。実はこれと同じ植物が境内の谷の水辺にも、いつ行っても青々と生えているのを今までに見ていました。葉の形はヒガンバナのよう、花は咲かない。今でもこの草の名も知らない私たち・・DSCF7935.JPG

私たちは七不思議の古文書や過去の多くの研究記録を調べて、これをもとに七不思議ガイドをしてきました。しかし、紙の上の資料を重んじるだけで、実際の目の前の光景や人々の話す中身を十分に関心を持って調べることを、今まで棚上げにしていたのではないか? もっと人々のなかに入り、現場の自然の広がりのなかに入って七不思議伝説を考えることをしなければ、すぐに壁にぶつかってしまうということを最近感じるようになっています。

いつも、来訪者とのふれあいの中から次へ進むヒント、きっかけを得ることができるように感じています。

志賀の七不思議伝説は七つとも、地元のありふれた植物の上に不思議な物語を見ています。これがこの伝説の原点、特徴であるということをいつも忘れないようにしたいと思います。

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諏訪神社の境内、本殿前のカキを見上げて「御用柿」の不思議な物語を偲ぶ。まいづる探索隊の皆さん、ご来訪ありがとうございました。

 

 


林泉綾部短歌会、七不思議めぐりの思い出、4月8日

2015/10/27

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写真提供:林泉綾部短歌会img005.jpg

2015年4月8日、綾部の林泉短歌会の17名のみなさまが七不思議めぐりに来られました。篠田神社では90代の会員の方が「夫が毎年、篠田の筍さんへ参って田植の計画を立てていた」と話されました。その年の稲作を占う2月立春の「筍さん」に山家地区からも参られていたのだと、往時の米作りを実感しました。

七不思議のうち、車椅子でも間近に見ることのできるのは今のところ藤波神社と篠田神社の一部分だけだということがこの日の経験を通じて私達にもよくわかりました。「バスの中に居られても良いお歌を作られるのですよ」と、代表の方が話されました。

この日の貴重なふれあいはそのあとずっと、今も続いています。

「七不思議に春の菩薩の訪れや」 (リリアン)

 


初の出前講座(社協の家なごみで七不思議)7月16日

2015/09/09

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社協の家「なごみ」でお誕生会の席上、「志賀の七不思議」を語りました。

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七不思議のさいごの二つ、向田の丘の「しずく松と揺るぎ松」は切り倒されて、福知山城の天守の棟木になりました。志賀小学校の子供たちの作品が素晴らしい。(2015.7.16)

 

 


2015年、春雨の奥山

2015/04/22

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今年の奥山お花見会は、4月19日、春雨が霞のように立ち込めるあいにくの天気となりました。

志賀郷地区自治会連合会長さんはじめゆかりの方々の入れ替わり立ち代わりのお話を聞き、お弁当を食べ、じゃんけんゲームをして予定通りにお開きとなりました。

白い水蒸気が雲となってわきあがる雨の奥山は、不思議に人々を引き留める風情がありました。

会場の上の方の見晴らし良い場所に新しく設置された休憩所が、さっそく役に立ちました。

この日に間に合わせて府道の補修を済ませていただいた京都府中丹東土木事務所のご配慮に感謝いたします。

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志賀小学校4年生が「向田かんのんさんのひみつ」を熱演

2014/12/07

10月19日(日)由良川元気サミットの舞台で熱演した4年生9名  ナレーター、演出、脚本は担任の由良みどり先生 (以下の脚本は抜粋)

出演: あけちみつひで公、おかべやましろのかみ、 その家来、 村人たち、  むこだのかんのんさん

明智光秀: 岡部やましろのかみよ、まことによくやった、褒美を使わそう。別所「願成寺」の滝谷に、たいそう美しく、りっぱな観音さまがあるという。それを褒美に使わそう。大切にするがよい。

岡部山城守: ははあ、ありがたきしあわせ。さっそくわが領土まで運ぶことにいたします。

ナレーター:こうして明智光秀公の命により、観音様は別所滝谷から運び出されることになったのです。そして、向田の長福寺までやってきました。

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観音様:私は、滝谷の観音です。長い間この地の人たちを守り続けてきました。私はこの地から離れたくありません。

家来たち:やましろのかみさま、観音様が動きません、どうしたことでしょう。うーん、どうしたら・・・

山城守:うーん、おかしい。 おや、身体がうごかない。どうしたことだ。

観音様:やましろのかみよ、わたしは、このあすすぎのさとから離れたくありません。この土地は自然豊かでとても良いところです。人々もやさしく平和に暮らしています。わたしはこの土地が大好きです。ここから離れたくありません。

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岡部山城守:皆のもの心配するな。観音様はこの土地をすばらしいと言っておられる。離れたくないそうじゃ。われわれもこの土地で暮らすことにしよう。

ナレーター:こうして観音様は、向田の長福寺におかれることになりました。やがて、観音様がおられる長福寺の裏の山から清水が湧き出しました。その水で目を洗うととても良いといううわさが広がりました。多くの人が目を直そうとこの寺に参るようになりました。

村人たち:ねえ、みんな、ここの観音さまって目にごりやくがあるらしいよ、知ってる? えっほんとなの?わたしもぜひともごりやくにあずかりたいわ。みんなでお参りしましょうよ。 それに今日は、8月17日、観音様がご開帳されるらしいよ。ぜひ、観音様のお姿を見に行きましょう。あっ、観音踊りがはじまるよ。みんなで踊りに行きましょう。P1020538.JPG

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